セルフ グリーフケア

自死遺族になって、考えたことや体験したことを書いています。

悲しめるタイミングは人によって違う

家族が自殺したとき、

あなたは、

きちんと悲しむことができただろうか。

 

私はできなかった。

 

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私は 4人家族で、

父は、葬儀の準備中に泣いていたし、

弟は、母が死んでからというもの、

毎朝「悲しい」と言っていた。

 

だけど私は悲しくなかった。

 

悲しくなかったと言うと、

嘘になるかもしれないけど、

父や弟のように、なれなかった。

 

「なぜ、死んでしまったんだろう」

「母が、自分の人生からいなくなってしまって、自分はどんなふうに生きていったらいいんだろう」

などと言う事は、

考えないようにしたのではなく、

本当にそんなことを思わなかったのだ。

 

 

通夜の時は、涙が出なかった。

親戚のおばちゃんが横に来て

「時計ちゃん、泣いてもいいのよ」と

慰めてくれた。

 

「あ、はい…」としか言えなかったけれど、

きっと、悲しすぎて泣けていないと思ったのだろう。

ちゃんと悲しまないと、

後で苦しむことになるから、

我慢しないでいいのよという、

気遣いも多分あったんだと思う。

 

 

母が自殺未遂をして、あと少しで

1年が経とうとしている。

 

父も弟も、

今のところ、

少しずつ元気になってきている。

 

父は、所属している山サークルの忘年会で毎週忙しそうだ。

弟も、仕事でバリバリ頑張っている。

 

だけどそんな時、

私だけが、何故か今になって

「悲しい」と思い

涙が出てくるようになってきた。

 

「あーやっぱり」と思っている。

 

私はやっぱりあの時、

悲しすぎて、

母の死を受け入れられていなかったたんだと思う。

 

「私が母の死を受け入れられていないなんて、

私にそんなことあるはずない。」

「誰よりも私が1番、母の死を受け入れている」

と思っていたけれど、

実はそうじゃないのかもしれないと、

最初から薄々分かっていた。

 

いつか私が、

1番落ち込んでしまう日が来るだろうと思っていたけれど、

そんな日が、だんだんと色濃く近づいてきているのが分かる。

 

 

人には

その人のタイミングで悲しむと時がくる。

 

私は私のタイミングで

きっと悲しんで受け入れている。

 

母が死んだことを受け入れるのに

1年ほどかかった、

ただ、そういうことだ。

 

私の知り合いに、

子供の頃に母が自殺してしまい

自分が60歳位になったときに

思い出して不安定になっている人もいる。

 

 

悲しみを受け入れるタイミングに

早すぎるとことも

遅すぎるとこともない。

 

 

悲しむ作業と言うのは、その人の性格と

周りにどんな人がいたかどうかにもよるけれど、

「悲しむ」感情には

意外と相当なエネルギーが要る。

 

 

きっと、

周りに気をつかってしまう人や、

心配をかけたくない人は、

悲しむと言うことを後回しにする人も

いるだろう。

 

 

いつか、

キチンと悲しめる日がくるまで

ゆっくり待とうと思う。