セルフ グリーフケア

自死遺族になって、考えたことや体験したことを書いています。

私が感じた『半年後の自死遺族』の変化

f:id:tokei02:20180903013115j:image

 

人それぞれ感じ方も感覚も期間も、半年に囚われず違いますが、『半年後の自死遺族』の今の私が感じたことを、素直に書き残そうと思います。


理由としては、Twitterで「私だけなのかなぁ…」と思ったツイートが、
皆さん同じような感覚を持たれていたことに気が付いたからです。

 

 

 

私が感じた『半年』を棒グラフにしてみました。

 

 

f:id:tokei02:20180903010003j:image


それにしても、なぜこんなに半年という区切りを気にしたかと言うと、たまたま今年の初盆が母の半年だったからです。


命日反応で、喪失感や悲しみに暮れていたそんな時期でした。

自分の気持ちを1人でため込みたくなくて、誰かに聞いてほしいと思っていました。


そんなとき、友人とランチをする機会がありました。母が自死する前から時々、母の話が出来る友人でした。

ですが半年経つと、「私、いつまで母のことを引きずっているんだろう…」と、母の話をすることにストップをかけている自分に気が付きました。

 

そして、こんな感じでランチは終了。

 

 

これをきっかけに、もう誰かに話すのはやめようと決めました。すごくショックだったのです。


友人には、そんなつもりはないのも、よくわかっています。それにずっとそんな話をされても困ってしまいますし、何より、滅入ってしまうのも当然です。


だけどその時私は、暗い道にポツンと置いていかれているような感覚に陥ったのです。みんなはどんどん母のことを忘れ、思い出にしてしまう。そして「あー、そんなこともあったね」と懐かしんでいく。

自分と周りとの、温度差をジワリと感じて、ひとり、またひとりと、手綱を離されるような感覚があります。

 


半年経って、母についつ考えることや、その幅も少しずつ増えてきたというのが正直なところです。
死んだと言うより、いなくなってしまったと言う感覚の方が近いかもしれません。
弟などは、「どこかで生きているんじゃないかと今でも思う」と言っています。

 

とても気分が落ちてくると、「私のせいなんじゃないんだろうか」という気持ちになってきてしまい、どうしようもなくなります。

だけど、誰にも話せないし、話しても聞いてもらえないのではないか、めんどくさい奴だ、まだそんなこと気にしてるのか、と言われてしまうと思ってしまい、誰にも言えません。

 

f:id:tokei02:20180903013115j:image

 

そしてある日、とうとう、絶対休むもんかと思っていた会社を1日だけ休んでしまいました。休まないと駄目になると、感覚的に思ったからです。
その日、月1で通院している心療内科に行きました。

 


母のことを毎日のように思い出したい、考えたいと思う気持ちと、忙しさに忙殺されて、考える暇がないほうがいいのかな…と思ったり、極端ですがそんなことも思ったりもしています。

 

 

半年経った時の落ち込み方や様子というのは、本当に人によって様々です。

 

 

 

生きている今この時に、少しでも何か残る残せたらいいなと思って、今日もブログを残しています。