セルフ グリーフケア

自死遺族になって、考えたことや体験したことを書いています。

命日反応で心が泣いています。

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こんばんは。


前回、仏壇を買う話しを書きましたが、ちょっと今、とてもどうしたらいいかよく分からない気持ちを1人で抱えているので、
こちらから、整理したいと思います。

 

というのも、お盆が終わりましたよね。
私のところは母の初盆でした。

 

 

初めてだったので、どうしたらいいのか分からず、いつの間にか終わってしったというのが正直なところです。

 

 


そして今、心がざわざわとしているのです。

 

何に心がざわついているかと言うと、「知る」と言う事は、とても残酷だということです。

 

 

家族が死んでしまったら、こんな気持ちになるなんてことを一生思わなくて良かったのに、こんなことになってしまった。

 

 

残された家族がこんな気持ちになることを、一生知らずに終える人もいるのに、知ってしまったがために、この気持ちを知ってしまった。

よく、「綺麗に死にたい」とかそんな風に思う方もいるようですが、人が死ぬってそんなに綺麗じゃないんだなと痛感しています。

 

 

私の友人の話ですが、一人暮らしの弟さんと連絡が取れなくなってしまい、不審に思い鍵屋さんを読んで部屋を開けてもらったそうです。
すると予想が当たってしまっていたそうです。鍵屋さんは「見ない方がいいです」と言ってくれたそうです。

 

 

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知識を頭や想像で知ると、不思議な魅惑といいますか美感といいますか、そのようなものに思えてしまいます。

 

 

知ると言うことを、目の前にわかってしまうと、そのような魅惑は、とても残酷で、とても溝の深い、とても困惑した、世界から断絶されてしまったような心境になります。

 

 

知る必要がある気持ちなのか、そんなことを思ってしまうほどです。何をしていても。

 

 

私、母の自殺から半年経った今、
紐がダランとぶら下がっていたり、商品のタグで小さな紐が輪っかになっていても、そのようなものを見るだけ、正直嫌ですね。

 

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なんだか目を逸してしまいますし、捨てれるようなものであれば、すぐに捨てるようになりました。

 

 

知らなければよかったのかと言うと、そういうわけでもないことも、分かっています。

 

 

だからといって、

「死ぬなんてそんな甘いことを言ってはいけない」とか

「知らないからそんなこと言えるんだ」

とかそんな風にも、とても思えません。

 

 

そう思ってしまうほど、辛いことが自分の中で起こっていますし、現実に差し迫っているっていう事なんですよね。

 

 

それを頭ごなしに否定したりなんて事は、

ちょっとできないのです。

 

 

自死遺族なんて言葉も、母が亡くなってから初めて知りました。

 

 

こんなことが人生で起こったからこそ、私が知らなかっただけで、想像以上に同じような気持ちの人がたくさんいて、

その人たちが、とても気持ちの整理なんてつけられない、どうしたらいいのか分からない、

混乱した気持ちのまま生活をしていることも、知ることができました。

 

 

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これは、人生でこういうことに遭遇しない限り、

きっと人が生きていく上で関わることのない、何と言いますか、

知っている人と、幸運にも知らずに生きてこれた人との、

棲み分けのようなものだと思うんですよね。

 

 

だから知ると言う事は、とても悲しい困難なことですが、知ってしまったからこそ、何か気づき、学び、自分の人生の生きる何かにしていかないといけないと思うんです。