セルフ グリーフケア

自死遺族になって、考えたことや体験したことを書いています。

一周忌がくるのが、怖い

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1年経ちというのに、

まだ、涙も出ないほど、

受け止められていません。

 

想像以上に

重しのようなものを感じ

外したいけど、突然外したら

大変なことになってしまいそうで、

少しずつ、少しずつ、

外したり

溶かしたり

避けたりしながら

毎日を終えています。

 

 

私は、

思い出して怖いと感じる日がくるのが

怖い。

 

悲しいと感じるときがくるのが

怖い。

 

悲しくないの?と責められるのではないかと

怖い。

 

周りの人たちが、

どこからどこまで分かっているのか

いないのか、分からなくて

怖い。

 

怖いを上げたら

木っ端微塵になってしまいそうな心を

守りながら、

今日も、

きっと、それぞれの

「怖い」を感じているのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の自殺未遂から1年

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こんばんは。

トケイです。

 

母の自殺未遂から、今日で丁度1年が経ちます。

 

1月に入ってから今日まで、

「母は、どんな気持ちで過ごしたんだろう」

と、もう一生聞くことの出来ない気持ちを想像していました。

 

今日は、

「なぜ、夜中の2時過ぎだったんだろう」

「なぜ、母はドアノブ自殺の方法を知っていたのだろう」

と、もし神様が教えてくれたとしても、

何もすることが出来ないことを

布団の中で時計を眺めながら思っていました。

 

あれから1年。

 

 

母は、後悔していないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

悲しくないわけなかった。

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仕事納めでした。

昨日は、雪もチラついていたので

「ああ、母が死んだ日は、

ドカ雪が降って、湯灌師さんも葬儀場に来れなくて、葬儀が1日遅くなったんだよなぁ」と

思い出しました。

 

葬儀場までは、雪の中を

独りで歩いて行きました。

 

寒いとか、冷たいとか

そんなことは思いませんでした。

 

ただ、

「ああ、白いなぁ」

と感じていました。

 

私が葬儀場に着くと、

施設から搬送されていた母が

横たえられていました。

少しだけお化粧をしてありました。

 

生きていない母を見ても

涙も出ず、悲しいとも感じず

それは、葬儀のときも火葬場でもそうでした。

 

通常通りの日数の忌引き休暇後も、

普通にフルタイムで働き、

欠勤することも

能率が以前と落ちることもありませんでした。

 

きっと、

言わなければ

そんなことがあったなんて

誰も気がつかないぐらい

普通な自分に驚いた程です。

 

 

でも、1年経った今なら分かります。

ただ、

現実を受け入れたくなかっただけ

だったんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

母のことを受け入れること

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こんにちは。

トケイです。

 

母のことから1年が経とうとすると

心が勝手に「まだそんなこと言って」と

周りから鬱陶しがらるのではないかと過敏に反応し、怖くなって、言えなくなってきています。

 

そんなことを感じなくとも

何回でも、何度でも、

繰り返し繰り返し言える場所や

人ととの繋がりは大事ですね。

 

そんなこと考える

クリスマスの次の日です。

 

 

自分のことを最期まで守れるのは、自分しかいない


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母が自殺未遂をした日まで

1ヶ月をきり、

予想していたより強く、

私の体調が崩れてきています。

 

心療内科のドクターや

信頼できる周りの人達からは

「時短や休職なども考えてみては」

とアドバイスをくれる。

 

その度に、20代前半に味わった

この1つの思いを必ず思い出す。

 

私は、私に、

何ができるだろう。

 

 

悲しめるタイミングは人によって違う

家族が自殺したとき、

あなたは、

きちんと悲しむことができただろうか。

 

私はできなかった。

 

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私は 4人家族で、

父は、葬儀の準備中に泣いていたし、

弟は、母が死んでからというもの、

毎朝「悲しい」と言っていた。

 

だけど私は悲しくなかった。

 

悲しくなかったと言うと、

嘘になるかもしれないけど、

父や弟のように、なれなかった。

 

「なぜ、死んでしまったんだろう」

「母が、自分の人生からいなくなってしまって、自分はどんなふうに生きていったらいいんだろう」

などと言う事は、

考えないようにしたのではなく、

本当にそんなことを思わなかったのだ。

 

 

通夜の時は、涙が出なかった。

親戚のおばちゃんが横に来て

「時計ちゃん、泣いてもいいのよ」と

慰めてくれた。

 

「あ、はい…」としか言えなかったけれど、

きっと、悲しすぎて泣けていないと思ったのだろう。

ちゃんと悲しまないと、

後で苦しむことになるから、

我慢しないでいいのよという、

気遣いも多分あったんだと思う。

 

 

母が自殺未遂をして、あと少しで

1年が経とうとしている。

 

父も弟も、

今のところ、

少しずつ元気になってきている。

 

父は、所属している山サークルの忘年会で毎週忙しそうだ。

弟も、仕事でバリバリ頑張っている。

 

だけどそんな時、

私だけが、何故か今になって

「悲しい」と思い

涙が出てくるようになってきた。

 

「あーやっぱり」と思っている。

 

私はやっぱりあの時、

悲しすぎて、

母の死を受け入れられていなかったたんだと思う。

 

「私が母の死を受け入れられていないなんて、

私にそんなことあるはずない。」

「誰よりも私が1番、母の死を受け入れている」

と思っていたけれど、

実はそうじゃないのかもしれないと、

最初から薄々分かっていた。

 

いつか私が、

1番落ち込んでしまう日が来るだろうと思っていたけれど、

そんな日が、だんだんと色濃く近づいてきているのが分かる。

 

 

人には

その人のタイミングで悲しむと時がくる。

 

私は私のタイミングで

きっと悲しんで受け入れている。

 

母が死んだことを受け入れるのに

1年ほどかかった、

ただ、そういうことだ。

 

私の知り合いに、

子供の頃に母が自殺してしまい

自分が60歳位になったときに

思い出して不安定になっている人もいる。

 

 

悲しみを受け入れるタイミングに

早すぎるとことも

遅すぎるとこともない。

 

 

悲しむ作業と言うのは、その人の性格と

周りにどんな人がいたかどうかにもよるけれど、

「悲しむ」感情には

意外と相当なエネルギーが要る。

 

 

きっと、

周りに気をつかってしまう人や、

心配をかけたくない人は、

悲しむと言うことを後回しにする人も

いるだろう。

 

 

いつか、

キチンと悲しめる日がくるまで

ゆっくり待とうと思う。